近代商業都市化への道
安定成長期
経済の低迷と多様化時代
中東の原油価格の値上げと供給削減は、わが国に強烈なショックを与え、着々と伸ばしてきた経済成長にもかげりが生じ、49年度には戦後初のマイナス成長となった。一方、輸出は好調となり、経常収支の黒字は年々大きくなってきた。エネルギー費の度重なる値上げ、貿易の不均衡等から、わが国は産業構造の転換を図らなければならず、高度経済成長期の重厚長大から経済低成長期の軽薄短小へと移行せざるを得ない時代、社会の多様化に対応せざるを得ない時代となった。


八王子商工会議所は、大型店舗出店に伴う地元商店との調整・商工業の活性化・中心商業地域の再開発・中小企業の経営改善対策・情報化対策・産業公害対策・駅ビル対策・従業員の福祉対策・高付加価値工業の推進等に取り組み、多様化する時代の商工会議所事業の基礎を築いた。
特に、首都圏中央連絡道路の建設、ニュータウンの開発・工業団地の造成・中心商店街の再開発・各大学の開校(61年4月までに20大学開校)等により地域経済の活性化をめざし、またニューメディア時代への準備、アメニティ都市づくりへの準備を開始した。

CATV八王子局の誕生
高度情報化社会実現のため、地域のネットワークづくりの新しいコミュニティ・メディアとしてのCATV(有線TV)を導入することとなった。市・商工会議所・金融機関・地元企業等の出資で、第3セクター方式による「八王子テレメディア株式会社」が設立され、62年には郵政省の有線テレビジョン施設設置認可を受け、CATV八王子局がスタートした。このCATVによって、今後、市民が充実した生活ができるように努力している。
年 表
昭和46年(1971年)
5月
当会議所「産業公害相談室」開設
昭和47年(1972年)
1月
日米繊維協定調印
 
2月
冬季オリンピック札幌大会開催
 
5月
沖縄本土復帰
昭和48年(1973年)
10月
大規模小売店舗での小売業事業活動調整法公布
 
第1次石油危機起こる
昭和49年(1974年)
10月
八王子市の人口、30万人突破
昭和51年(1977年)
4月
第14代会頭に落合 稔就任
昭和52年(1977年)
5月
八王子こども音頭のレコード完成
 
八王子繊維センタービル落成
昭和53年(1978年)
8月
当会議所、「商工会議所駅ビル協議会」発足
昭和54年(1979年)
4月
第15代会頭に田邊留次郎就任
 
6月
当会議所内に「八王子ファッションセンター協議会」設置
 
7月
当会議所、建設部会新設、工業・商業・交通観光・金融・繊維の6部会となる
 
11月
第1回「八王子いちょう祭り」開催
昭和55年(1980年)
2月
八王子市・地元商店会・学識経験者と当会議所で構成する「八王子中心商業地域再開発協議会」発足
昭和58年(1983年)
6月
第16代会頭に谷合勘重郎就任
 
7月
当会議所CATV研究委員会発足
 
11月
国鉄八王子駅ビル完成
昭和59年(1984年)
6月
当会議所「行政改革推進委員会」設置
昭和60年(1985年)
8月
当会議所、中小小売店等のPOSシステム化普及のため、共通商品コードの登録受付業務を開始
昭和61年(1986年)
4月
男女雇用機会均等法施行
 
9月
当会議所「都市環境と交通アクセス調査委員会」発足
昭和62年(1987年)
4月
八王子、日本一の学園都市になる
 
7月
当会議所、「街づくりフォーラム」開催