織物工業の進展と震災
大正時代
商業会議所の活動
吉田忠右衛門初代会頭を囲んで

軌道に乗った八王子商業会議所は、大正時代に入ると、精力的に活動を開始した。例えば、約400商店が参加して開催された店頭装飾競技会、将来の八王子土産品の開発を目指した土産品品評会、製造業者を刺激し品質改良に貢献した履物品評会等の事業を実施した。また八王子は火災が多いことから保険料率が高いため、火災保険協会との保険料率引き下げの交渉、直通電話の開通等に尽力した。
八王子の電話加入数は単独加入516、連接15(大正8年3月)、この数は10年前の2倍であり、交換手は多忙を極めサービスの低下をきたした。そこで全国でも稀な電話交換手慰安優遇計画を企画、「電話会」を組織して業務の能率改善を図った。その他、商工業者の定休日の統一、時の記念日の宣伝、連合大売り出し、正札売り、商工講座の開設、府立二商誘致等を行い、商工業の発展に貢献した。
商業会議所の事務所
八王子商業会議所が創立されたときの事務所は「上野原」となっているが、住所番地が不明のためどの辺か定かでない。八王子大火後は蟠竜館(寺町長心寺内)に移転し、大正元年頃は八王子女学校校舎(明治41年廃校)に、また5年頃には図書館(天神町)に同居していたと思われる。

本町に新築した八王子商工会議所

事務所の新築については、大正6年8月の役員会において承認され、臨時総会において可決されて実現の運びとなった。建築委員には守屋市郎右衛門・橋本要助・鈴木萬吉・岩井國吉・熊本福松の5人が選任され、具体化していった。そして翌年本町66番地に移った。予算総額3,500円(寄付金3,000円・積立金および余剰金500円)、1階35坪・2階35坪、計70坪の事務所建物であった。
40%が商業を営む
市制施行時(大正6年9月)の八王子市の人口は4万2,034人・戸数7,126戸で、商業に携わっている人口は31%、戸数で36%であった。大正10年になると、この割合は人口で42%、戸数で43%となり、市民の42~43%が商業を営んでいた。
商店は甲州街道沿いの横山町・八日町・八幡町を中心に、八木町・東町・元横山町・小門町・明神町・上野町に拡大し、食料品・荒物・酒類等市民の日常必需品を供給する商店が広く平均して分布していた。
また、商工業の発展とともに商工業関係団体も増加した。商業会議所の指導・支援の結果、明治の末には29組合であったものが、大正10年には同業組合・準則組合・申合組合を合わせて43組合(商業会議所に事務所を置いたのは10組合)となった。

八王子駅

織機の近代化
第1次世界大戦を境に全国の機業地では織機の近代化が行われ、製織能率が高められた。八王子市においてもその例にもれず、大正元年の手織機3,758台・力織機182台が、11年には手織機2,102台・力織機8,062台となったのである。従業員も5年の3,117人が12年には5,253人(男1,947人・女3,306人)と増加した。
このような近代化は生産高に反映し、大正10年には景気の上昇もあって、生産数350万点を突破する大記録を達成(生産額4,056万円)、明治44年(1911年)の2倍を超えたのである。八王子市織物同業組合の調査によると、この年の国内生産地の生産高ベストテンは1位八王子、2位伊勢崎(群馬)、3位西陣(京都)、4位米沢(山形)、5位秩父(埼玉)、6位見附(新潟)、7位十日町(新潟)、8位山形(山形)、9位五泉(新潟)、10位青梅(東京)であった。

小林織物合名会社工場内部

年 表
    
明治45年・大正元年(1912年)
7月
明治天皇崩御、大正と改元
 
10月
八王子町が区画整理、従来の19カ町を29カ町に改める
大正3年(1914年)
3月
八王子織物業界、東京大正博覧会に製品多数出品
 
7月
第1次世界大戦始まる
大正5年(1916年)
10月
八王子商店街店頭装飾競技会開催
 
12月
当会議所総会開会(定款改正その他協議)
大正6年(1917年)
9月
八王子町、市制施行
 
10月
当会議所主催土産品品評会開催
大正7年(1918年)
7月
当会議所建物新築
 
米騒動、全国に波及
大正8年(1919年)
1月
八王子桑都公会堂落成
 
3月
当会議所主催第1回履物品評会開催
大正9年(1920年)
3月
当会議所主催第14回関東7会議所連合会開催
 
絹織物の価格大幅下落、投げ売りや休業が相次ぐ
 
4月
府立第二商業学校開校
 
商品相場が暴落、横浜生糸取引所等休業
大正10年(1921年)
4月
第6代会頭に城所國三郎就任
 
9月
商業会議所連合会、国際商業会議所に加入
 
10月
東京商工奨励館開館
 
当会議所・郵便局と「電話会」を組織、事務局を会議所内に置く
大正11年(1922年)
3月
上野で平和記念東京博覧会開催
 
6月
城所会頭ほか役員、「時の記念日の宣伝」に市内を巡回
 
12月
八王子市と当会議所共催で連合大売り出しを行う
大正12年(1923年)
6月
国際商業会議所、日本国内委員会設立
 
9月
関東大震災起こる
 
10月
当会議所、震災後の輸送問題検討
大正13年(1924年)
10月
橋本康寿氏、八王子でネクタイ生地の生産開始
大正14年(1925年)
3月
東京放送局、ラジオ試験放送開始
 
玉南電車、東八王子~府中間開通
 
6月
八王子実業組合創立
大正15年・昭和元年(1926年)
3月
関税定率法改正公布
 
12月
大正天皇崩御、昭和と改元
手古舞と山車